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懐かしの標津線


 別海町に越してきて2年が経とうとしています。

 郷土資料館で別海町の歴史を調べたり、文化財の活用について動いたりする毎日です。

 夏場は奥行臼地区にある国指定文化財「旧奥行臼駅逓所」や標津線「奥行臼駅」の案内をすることも多く、日本中から見学に来ていただけるお客様とお話をさせていただくことも本当に多く、人と話すのが好きな僕としては日々楽しんで仕事をしています。

 今年も夏休みに恒例となった奥行臼トロッコサンデーを開催させていただいております。東京や地方から毎年参加していただくお客様、この企画に合わせて帰省してくださる地元出身の家族等もいらして、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。

 トロッコや乗馬体験もとっても喜んでいただいていますが、同時開催している「HOゲージ鉄道模型展」や「旧標津線写真展」なども好評です。特に標津線写真展はSNSで標津線の写真を募集したところ、日本全国から何十枚も写真を送っていただいたり、改めて標津線の人気の高さ、鉄道マニアの方のパワーの凄さに驚いています。

 この写真展や、鉄道模型で標津線を走っていたC-11蒸気機関車、キハ40型やキハ22型のディーゼル機関車を見る地元の方々の目は、遠い昔の自身の思い出を噛みしめるように懐かしさに満ちた目で喜んでくださって、そんな景色を見ているだけでやってよかったなあって思えます。

 僕も標津線が走っているころのこの町を知ってはいないので、写真から想像するしかないのですが、やはり鉄道が通っているころの街は活気にあふれた喧噪が見て取れます。

 もちろん、鉄道があって便利なのが善で、無くなって不便になったのが悪なのか?っていう単純な話ではありません。文明には文明の良さが自然には自然の良さがあって比較できるものではないからです。でも写真を見ていると喧噪の中にその時ここで生きていた、人たちの「想い」や「空気感」がたくさん詰まっています。見ている皆さんからも「初恋の頃こんなところで告白したなあ」とか「友達と帰り際に喧嘩したっけ」なんて思い出がどんどん出てきます。

 街には良いも悪いも歴史というものがあって、その上に今の街・人々が出来上がっています。これからの新しい別海町の歴史を作っていくうえで昔を振り返ることは決して悪いことではありません。「この町の歴史を振り返る」そんな機会を増やせるように頑張っている郷土資料館の皆さんのお手伝いができることはすごく楽しいしやりがいがあると日々実感しています。